女のフェロモン


男と女。どちらのほうが異性なしで生きていけるかという質問をされたら、女としか言いようがない。
それはまるで、世の中の定めのようで、こればっかりは本人達の努力がどうのこうのといった問題ではない。
女として生まれ、生きていく上では、どうしようもない事ではないかと思うのだ。

そもそも、私が思う本質的な違いというものがある。
よくよく周りを見渡せば、世の中の女衆からは、生まれ持った匂いというかオーラというか、”女”というパワーが
感じられる。もしかしたら、それこそが、人が感じ取れる上でのフェロモンなのかもしれない。女が放つその
パワーは、むせ返るように甘く湿っていて、心地の良さと悪さを合わせ持って異性をひきつけて放さない。
清純な子も、サバサバしていて男らしいとさえ感じる子もみんな、うすく、そして常にその女の匂いに包まれて
いるのを私は感じる。
ところが、男衆はどうだろう。私が見たところ、そのようなフェロモンらしきものは彼らからは感じられない。
もしかして、その匂いは、同姓間でしか伝わらず、私が女だからそのようなものを男から感じられないのでは
ないかともおもったが、よく考えてみれば、男の中にも女の”匂い”というものをよく理解している人がいると
思い、”同姓間説”もほとなく敗れた。やはり、男からは強いフェロモンは出ていないのだ。

とすると、やはり人間が生まれ持った気質として、女は男がほしいのだ。女が女でいるために欠かせないものは
男であって、そして更に、女は女としてしか生きられない。つまり、女は男なしじゃ生きられない。
そういうことだろう。
こういうことを言うと、年増のメガネをかけた男をしらなそうなおばさん方(日曜日の夜にテレビに出てくるような人達)に
怒られるかもしれない。でもね、彼女たちだって女のオーラに包まれているんだ。そんなことを本人に言ったら、
すぐさまお風呂にでも入って体を洗いそうだけど。しょうがないのだ。事実だ。これが女の定理だ。

そんなことを考えつつ、鏡の前で自分の匂いをかいでみる私でした。

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